第5章 この局面における日本外交の位置――盲目的追随か主体的対応か

ここまで見てきたように、ウクライナの奇襲作戦は戦局に直接的なインパクトを与えただけでなく、国際法秩序や各国外交にも 深い波紋を広げています。

ロシアはこの奇襲を口実に 侵攻範囲の拡大を進めつつあり、非西側諸国では 国際秩序への不信が高まっています。一方、エスカレーションのリスクは日増しに高まっており、国際社会には 危機管理と秩序維持の知恵が強く求められる局面となっています。

このような中で、日本外交は果たしてどう振る舞っているのでしょうか。そして、今後どうあるべきなのでしょうか。

今回は、この問いを少し掘り下げて考えてみたいと思います。

まず、日本政府の公式対応を振り返ってみましょう。岸田政権は今回の奇襲作戦について、G7各国と同調し、ウクライナの 自衛権行使を支持するという立場を早々に表明しました。

これはウクライナ戦争が始まって以来、日本が一貫して取ってきた 「西側の一員」としての立場の延長線上にあるものです。日本はG7やEUと足並みを揃え、ロシアへの制裁やウクライナ支援に積極的に関与してきました。

今回の局面でも、その枠組みを踏み外すような独自の外交姿勢は見られていません。奇襲作戦の 国際法上の正当性に対する慎重な検証や、エスカレーション管理のための独自の外交的提言なども表には出ていない状況です。

言い換えれば、日本外交は今回も 欧米追随の構図から抜け出せていないのが実態だと言えるでしょう。

一方、日本国内の世論はどうでしょうか。ここでもやはり、メディアの報道は欧米の論調を強く反映しています。「正当な自衛権としての成功」というイメージが広く流布され、奇襲作戦の 国際法的なグレーゾーン性や国際秩序への影響に関する深い議論はほとんど見られません。

SNSや論壇でも、今回の奇襲作戦をめぐる議論は 感情的な応援ムードが優勢であり、国際秩序全体をどう維持すべきか、あるいは 非西側諸国の見方や不満にどう向き合うべきかといった観点は、残念ながら十分に議論されているとは言い難い状況です。

このような状況では、日本政府が よりバランスの取れた外交姿勢をとろうとしても、国内世論からの支持を得にくいという側面も否定できません。つまり、日本の 国内言論空間の成熟そのものが、外交の柔軟性に影響を与えているとも言えるのです。

さらに、日本のメディア報道や政治家の発信を見ても、国際法の運用における ダブルスタンダードの問題や、グローバルサウス諸国の 秩序不信の広がりに対する理解は極めて浅い状況です。

こうした要素が報じられたとしても、ごく簡略な説明にとどまり、日本の外交として どう向き合うべきかという積極的な議論にまではつながっていません。

この状況は、日本外交が 「誰に追随するか」という枠組みから抜け出せず、国際秩序に対して主体的な貢献をする外交に転換することを妨げる要因になっているとも考えられます。

しかし、日本の国益という観点から見れば、こうした状況は極めて危ういものです。なぜなら、国際秩序の不安定化や核リスクの高まりは、日本にとって 直接的な安全保障上の脅威を意味するからです。

また、日本は地理的にもロシア、中国、朝鮮半島と向き合っており、東アジア地域でも同様の 秩序の歪みが波及するリスクは十分に存在しています。

だからこそ、日本は今回の局面において、単に「西側の一員」として行動するだけではなく、国際法の普遍性と一貫性を尊重する立場を積極的に打ち出すべきだったのです。

ウクライナの自衛権支持は当然のこととしても、同時に、エスカレーション管理や 国際法秩序の一貫性維持、さらには 非西側諸国との信頼構築といった視点を外交の中に盛り込む必要がありました。

また、日本は 対話外交という分野でも、もっと積極的な役割を果たせるはずです。グローバルサウス諸国との外交関係を強化し、国際秩序に対する彼らの不満や懸念に耳を傾けることは、日本が国際社会で独自の信頼を築くためにも重要な一歩になります。

「米国の代弁者」や「欧米の追随者」と見なされるのではなく、バランス感覚を持った誠実な対話相手として日本が評価されることは、長期的な外交安全保障の観点からも極めて重要なのです。

今回の「Operation Spiderweb」をめぐる国際状況は、日本外交にとって 主体性とは何かを改めて問いかける場面になっています。

日本の安全保障と国益は、国際法の健全な適用と秩序の安定に強く依存しています。だからこそ、短期的な政治的な空気に流されず、長期的視野に立った外交姿勢が求められているのです。

そのためには、日本国内でも 国際秩序をめぐる議論をもっと深め、国民の外交リテラシーを高める努力が不可欠でしょう。それこそが、日本が今後 真に主体的な外交国家として歩んでいくための基盤となるはずです。