第2章 国際法と正当性の問い――「自衛権」はどこまで許容されるのか

ウクライナが実行した「Operation Spiderweb」は、軍事的にはロシアの戦略爆撃機能力に大きな打撃を与えました。
しかし、この作戦がすぐさま国際的な議論の的となったのは、単なる軍事的成功ゆえではありません。
むしろ、国際法上の正当性という観点から見たとき、この行為がどこまで許容されるのかが強く問われているのです。

ここでは、「自衛権」とは何か、そして今回の作戦がその枠内に収まるのかどうかを整理してみましょう。

まず、国連憲章第51条は、自衛権の行使を国際法上の正当な権利として認めています。
そこには明確な条件があります。武力攻撃が発生した場合に限り、自衛権が行使可能であるというものです。
ウクライナにとっては、これは当然成立しています。ロシアによる侵攻は2014年から始まり、2022年以降は全面戦争状態にあります。

この意味で、ウクライナが国連憲章に基づいて 自衛のために行動する権利があることは疑いありません。
問題は、その自衛権の行使が 「必要性」と「相称性」という国際法上の原則に照らしてどう評価されるかにあります。

今回の「Operation Spiderweb」は、ロシア国内の戦略爆撃機基地に対して直接攻撃を加えました。
この基地から発進する爆撃機は、ウクライナ本土への巡航ミサイル攻撃を行ってきたことが確認されています。
したがって、ウクライナ側はこの作戦を、民間人や重要インフラを守るために不可欠な防衛措置と主張しています。

確かに 「必要性」という観点では、この主張は成り立つ余地があります。
ロシアの戦略爆撃機が基地の安全圏からウクライナに壊滅的な被害を与えている状況で、これを放置すればウクライナの防衛は成り立ちません。
通常の防空では十分に防げない巡航ミサイル攻撃に対して、発射源である爆撃機自体を無力化するという発想は合理性を持っています。

一方で 「相称性」という観点からは、より慎重な議論が求められます。
国際法は、自衛権の行使が 「武力攻撃に対する防衛措置として適切な範囲を超えてはならない」という原則を課しています。

今回の作戦はロシア領深部にまで及んでおり、単に前線の軍事行動に対する反撃とは性質が異なります。
また、基地そのものはウクライナへの即時的な攻撃行動を行っていたわけではなく、いわば後方支援・戦略攻撃の準備拠点として機能していました。

こうした施設への攻撃が、どこまで正当防衛の枠内に含まれるのかは、国際法上でもグレーゾーンに入ります。
ウクライナ側の正当性主張が認められるためには、この攻撃が「差し迫った脅威の除去」に不可欠であったという点が説得力を持たなければなりません。
ここは今後の国際法学界や国際社会の議論が焦点を当てる部分になるでしょう。

こうした中で、ロシアは当然のことながら、この攻撃を 「違法な先制攻撃」であると非難しています。
ロシア国内向けには、「自国領土が直接攻撃された」というショックを強調し、国民の結束を図ろうとしています。

そして注目すべきは、ロシアがこの事態を 「さらなる侵攻範囲拡大の口実」として使い始めていることです。
6月8日、ロシア国防省はドニプロペトロウスク州への攻撃を主張しましたが、この州はこれまでロシアが掲げてきた「親ロシア住民保護」という戦争大義とは無関係な地域です。

ロシアはウクライナの奇襲を理由に、自国防衛の名のもとに攻撃対象地域を拡大する方向に動いています。
つまり、ウクライナの自衛行為が意図せざる形で ロシアの軍事的エスカレーションの政治的口実を提供してしまったとも言えるのです。

国際社会の反応も分かれています。
欧米諸国は概ねウクライナの行動を「正当な自衛権の行使」として支持する姿勢を示していますが、
中立国やグローバルサウス諸国の中には、こうした先制的な性格を持つ攻撃に 懸念を表明する声も出ています。

なぜなら、今回のような攻撃が正当とされる前例が作られれば、他の地域紛争でも同様のロジックが援用されかねないからです。
イスラエルのガザ侵攻、中国の台湾政策など、すでに国際法の運用を巡ってダブルスタンダードが問題視されている中、
ウクライナの行動もその一例として批判の対象になりうることを意識せざるを得ません。

このように、「Operation Spiderweb」は単なる軍事作戦ではなく、
国際法の適用範囲や自衛権の限界を巡る根本的な議論を引き起こした事例となっています。

国際法は本来、武力行使を厳格に制限することを目指してきました。
しかし、現実の戦争が非対称かつ総力戦の性格を強める中で、その枠組みが十分に機能しているとは言い難い状況にあります。

ウクライナの正当性がどこまで認められるのか、また国際社会がこの種の作戦にどのような基準を適用していくのかは、
今後の国際秩序のあり方を左右する重要な試金石となるでしょう。