第4章 国際秩序の歪み――ダブルスタンダードと非西側諸国の不満
ウクライナによる「Operation Spiderweb」は、戦局を大きく動かすだけでなく、国際社会における 国際法の適用の公平性という根源的な問題を改めて浮き彫りにしました。
西側諸国はこの奇襲をおおむね 正当な自衛権行使として受け止めていますが、非西側諸国、いわゆるグローバルサウスの国々の間では、こうした姿勢に対して 強い違和感や不満が広がっているのです。
この章では、その背景と意味を掘り下げてみたいと思います。
今回の奇襲作戦を巡る国際反応を考える上で、まず目を向けるべきは ダブルスタンダード問題です。国際法は本来、すべての国に平等に適用されるべきものですが、現実の国際政治ではしばしば 「適用される場面や対象が選別的である」という批判が繰り返されてきました。
今回もその構図は再現されています。ウクライナの作戦は、西側諸国では「正当な自衛権」として強く支持されました。その一方で、例えば イスラエルによるガザ侵攻については、同じ西側諸国の中でも より限定的な批判に留まっている場合が多く見られます。
また、中国の台湾政策に対しては「国際法違反」との強い非難が行われていますが、ウクライナのロシア領深部への奇襲に対しては、「やむを得ない」「正当な反撃だ」という肯定的な評価が優勢なのです。
こうした 事例ごとの態度の違いは、非西側諸国にとって極めて 不公平な運用に映ってしまいます。国際法が 「力と政治的都合に左右される道具」として見られる土壌を強めているとも言えるでしょう。
さらに問題を複雑にしているのは、ウクライナの奇襲作戦が ロシア側の侵攻範囲拡大の口実となったという現実です。これは国際秩序にとって、武力行使の正当化論理が連鎖的に広がるリスクを内包しています。
非西側諸国の中には、「今回ウクライナが深部攻撃を正当化したのであれば、他国でも同様の論理を使えるのではないか」という懸念が強まっています。実際、過去の紛争事例でも 「相手国の挑発への対抗措置」という名目で、侵攻が拡大したケースは少なくありません。
たとえば中東では、イスラエル・パレスチナ間の衝突において、一方の挑発的行為が他方の全面侵攻を正当化する材料として用いられてきたことはよく知られています。同様に、中国が将来台湾周辺で「防衛的行動」と称して行動範囲を広げる場合にも、今回の事例は 論理的前例として引き合いに出されるかもしれません。
このように、「正当な自衛行為」が拡張的に解釈され始めることは、国際法秩序全体にとって きわめて危うい兆候なのです。
こうした背景から、非西側諸国では 国際秩序そのものに対する不信感が急速に強まっています。特に グローバルサウス諸国は、自国が西側主導の国際法秩序から 一方的な圧力だけを受けてきたという歴史的な記憶を持っています。
彼らから見れば、ウクライナの奇襲が許容され、ロシアのそれに対する報復が一方的に非難される構図は、
「またしても秩序が 政治的な選別に利用されている」という印象を強めざるを得ません。
その結果、多くの非西側諸国が 多極的秩序の形成に強い関心を持つようになっています。
BRICSや上海協力機構といった枠組みが台頭している背景にも、この 秩序に対する不信が深く影響しているのです。
さらに、国連そのものの限界も明らかになりつつあります。国連安保理は、依然として 常任理事国の拒否権によって効果的な対応が困難な状態が続いています。国連総会でも、ウクライナ問題に対する投票結果を見れば、非西側諸国の一定の距離感がはっきりと読み取れます。
つまり、現在の国際秩序は、ルールベース秩序という理想と、現実のパワーポリティクスに基づく秩序運用との間でますます大きなギャップを抱えている状態にあるのです。
このギャップを放置すればするほど、ルールそのものの正当性が失われ、各国が自己防衛的かつ独自の行動を取るインセンティブが高まっていくでしょう。そうなれば、国際秩序はさらに不安定化していくことになります。
「Operation Spiderweb」は、その軍事的成功とは裏腹に、こうした 国際秩序の深層にある矛盾や不信感を刺激する契機となってしまったのです。
もちろん、ウクライナの立場から見れば、これは 生存を賭けた防衛行動であり、他に選択肢がなかったという側面は理解されます。しかし、国際秩序全体の視点から見れば、今回の行動が今後の秩序形成にどのような波紋を及ぼすかには、冷静な目を向ける必要があります。
国際法の普遍性と正当性を維持するためには、こうした 「正当化の連鎖」をいかに防ぎ、秩序の一貫性を回復できるかが極めて重要な課題になっているのです。